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まな板形而上学の認識過程における疎外された媒介の神聖不可侵性と無謬性の誤謬

まな板形而上学の認識過…

投稿者:上総フジの宮 さん
或る対象の認識過程において通俗的所見が形而上学的権威を帯びる程にその所見は神聖不可侵の様相を帯び、疎外を招く。果たして概念が対象に、対象が概念に合致するものなのか、デカルトは認識の確実性を問う為に方法的懐疑を用い「我思う故に我あり」との有名な命題に辿り着いた。しかし対象を正しく認識する保証を神の誠実さに求めた故に説得力を失ってしまった。カントは空間・時間のア・プリオリな形式によって認識の限界を模…
2014年07月30日 18:13:06 投稿
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